創造性のもととなる「思考力育成」をテーマに幼児教育、小中高生研修、企業研修を行う一般社団法人です。

STEM学習の支援を目的とする空間思考の利用

Andreas Schleicher, “Harnessing Spatial Thinking to Support Stem Learning”, OECD Education Working Paper No.161, 2017.

【今日の結論】
「空間思考能力」が子どもたちの算数・数学分野での成長を左右する。

2020年度から小学校で導入されている「プログラミング教育」について、当コラムでは順に扱ってきました。簡単に振り返ると、こんな具合です。

 1.「プログラミング教育」の目標である「プログラミング的思考」の中身
     【目的から考える「プログラミング教育」】

 2.「プログラミング的思考」の基礎となる「空間思考能力」の寄与
     【空間思考が「プログラミング的思考」の基礎を創る

学習指導要領で示されている「思考力・判断力・表現力」の現代的な在り方が「プログラミング的思考」であることは既に触れましたが、その更に基礎をなすのが「空間思考能力」というわけです。本当に大事なことなので、何度も繰り返して言います「空間思考能力」こそが今、必要とされている知性の基礎ですこのコラムで順を追って説明していくつもりですが、あらゆる知的能力に「空間思考能力」が関わると言っても過言ではありません。

さてそんな中、今回ご紹介するのは”Harnessing Spatial Thinking to Support Stem Learning”というワーキングペーパ―なのですが、著者であるSchleicher氏はOECD教育・スキル局長にしてOECD事務総長の教育政策スペシャルアドバイザー、更にはOECDが実施しているPISA(学習到達度調査:3年に1度OECD加盟国で実施される国際学力調査)の創始者という、まさに世界の教育界の第一線で活躍する方です。
*著者のキャリアが主張内容の正しさを根拠づけるわけではないのですが、非常に有名な方のワーキングぺーパーが何気なく公開されていた嬉しさから情報として書き記すことにしました。Schleicher氏の権威を借りてこのコラムが自身の正しさを主張しようとするものではありません

タイトルにある「STEM教育」の「STEM」とは「科学 Science」「技術 Technology」「工学 Engineering」「数学 Mathematics」の4分野を総称して用いられる言葉で、これからの時代に求められる技能として提唱されています。これらを重視するSTEM教育は「21世紀型の新しい教育」などとも呼ばれており、耳にしたことがある方もおられるのではないでしょうか。
日本のプログラミング教育がSTEM教育を念頭に置いていることは間違いなく(この辺りのことは日本STEM教育学会の設立趣旨をどうぞ)、実際、先に見た「コンピュテーショナル・シンキング」の習得を目指すものとして両者は同じカテゴリーに属していると言えます。

さて、前置きが長くなりましたが、本論文ではタイトル通り、STEM教育のよりよい実践のために空間思考を取り入れる意義が肯定的に検討されています。論文内の言葉を借りれば、「空間的知性 Spatial Intelligence」がSTEM、とりわけ数学の学習成果によい結果をもたらすこと、またこの空間的知性は訓練により鍛えられる(順応性がある)ことが先行研究を通じて確認されていく内容になっています。
その上で、STEM教育にどのように空間的知性のトレーニングを盛り込んでいくかが検討されているのですが……結構な分量がありますので、今日は最初の一部分だけ。Schleicher氏が紹介する、空間的知性とSTEM能力、特に数学との関係を見ることにしたいと思います。

「空間思考能力」が数学力の成長を左右する

本ぺーパーは、数多くの研究成果をまとめたものとなっています。その結論部分をご紹介しましょう。

「近年の横断的手法を用いた有力な研究例は因子分析による研究であり、こうした研究は強い空間スキル(spatial skills)を備えた子どもたちが幼稚園から小学校の終わりまでを通じて、算数(mathematics)の到達度テストにおいてよりよい結果を残すことを示している」

Mix, K.S. et al. (2016), “Separate but correlated: The latent structure of space and mathematics across development”, Journal of Experimental Psychology: General, Vol. 145/9, pp. 1206.を参照して

注目すべきことは、この研究が言語的な能力を制御した解析を行っていること。つまり、言語能力が同等であれば、空間思考に優れた子どもほど数学力が高いということです。この事実は高度な数学力を持っているのは空間思考能力が優れているから、という「因果関係」の存在を示唆しています。

「子供たちの継続的なデータの例に話を移すと、就学時の空間スキルが数の学習と数年後の理解度に相関している

Gunderson, E.A. et al. (2012), “The relation between spatial skill and early number knowledge: The roleof the linear number line”, Developmental Psychology, Vol. 48/5, pp. 1229-1241.を参照して

こちらは言語能力とワーキング・メモリを制御した解析によるもの。他の能力とは無関係に、空間思考の力が算数の理解に影響することが分かります。これだけではありません。

3歳時点での2次元、3次元のデザインを書き写す能力が5歳時の算数スキルに相関する

Verdine B.N. et al. (2017), “Links between spatial and mathematical skills across the preschool years”, Monographs of the Society for Research in Child Development, Vol.82/1 及び Verdine, B.N. et al. (2014), “Deconstructing building blocks: Preschoolers’ spatial assembly performance relates to early mathematical skills”, Child Development, Vol. 85/3, pp. 1062-1076.を参照して

勿論この結論は、3歳時点での算数理解が同等である場合、その時点での空間スキルが5歳時点までの算数能力の成長を左右するという意味です(当然、それ以降の成長も左右するでしょう)。

STEMの他の科目との関係はどうなのか、またどのような取り組みが空間思考能力の育成に効果的なのか……こういった観点も本ペーパーでは言及されていますが、それはまた次の機会にご紹介したいと思います。

以前のコラムでは、空間思考のトレーニングが子どもの数学力を高めるという内容をご紹介しました。そちらは短期的な効果に着目したものでしたが、こちらではより長期的な影響が明らかになっています。「空間思考能力」は算数・数学力の基礎なのです。

科学の分野でここまで明らかになっている以上、こと算数・数学の能力向上を目指す限り、空間思考のトレーニングは必須であると言えるでしょう。本コラムでは引き続き、空間思考能力の重要性についてご紹介して参りたいと思います。

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