創造性のもととなる「思考力育成」をテーマに幼児教育、小中高生研修、企業研修を行う一般社団法人です。

初期の幾何学指導における動的かつ空間的な手法を通じての児童の空間能力・数的能力の向上

Zachary Hawes, Joan Moss, Beverly Caswell, Sarah Naqvi & Sharla
MacKinnon, “Enhancing Children’s Spatial and Numerical Skills through a Dynamic Spatial Approach to Early Geometry Instruction: Effects of a 32-Week Intervention“, in Cognition and Instruction, vol.35(3), 2017.

 今回も引き続き、Schleicher氏のワーキングペーパーから。なのですが、紹介されている研究の一つ一つが内容的にかなり濃いこともあり、折角なので個別にまとめていくことにしました(そのせいで、実はSchleicher氏のワーキングペーパーよりも情報は細かくなっております)

 前回に取り上げたのは、就学前のアクティビティとしてブロック等の空間的な遊び、また周囲の大人たちから空間的な言葉を使っての声掛けなどが「空間思考能力」の発達には有効であるという内容でした。しかし、子どもたちの発達は小学校入学以降も続いていくもの……ということで、就学後のプログラムをご紹介したいと思います。

カナダ・オンタリオ州の事例 ――「空間思考」プログラムの効果

 冒頭に挙げております論文は、4歳から7歳の子どもを対象にカナダ・オンタリオ州で行われたプログラムを基にしたもの(北米では日本でいう幼稚園年長の年齢から義務教育を実施しているケースが多いので、4~7歳(年長~小2年)というグループはこちらの小学校低学年くらいに相当するカテゴリになります)。
 特徴としては、このプログラムは介入が必要と考えられた学校(プログラムが実施された地区において、州のテスト結果が最も芳しくなかった学校2校)の児童を対象に実施されたことが挙げられます。率直に言えば、伸び悩んでいると思わしき子どもたちを対象にしたプログラムだったということです(なお、比較対象となった学校はプログラム対象校2校に次いでテスト結果のよくなかった学校ですが、ほぼ同程度の水準にあったと説明されています)。

 これら対象校では32週間に渡って、プログラム内容の研修を受けた先生たちによって「空間思考能力」を培うアクティヴィティが実施されました。その内容は以下にご案内しますが、今回も結論から。プログラムを受けた児童は、受けなかった児童と比較して能力の向上が見られました。それも、直接的にはアクティヴィティに含まれていない数的な把握能力に明らかな向上が見られたのです。

結論:「空間思考能力」のプログラムは、算数・数学的な能力の向上に繋がる。

 ここで言う数的能力は、”Symbolic magnitude comparison”と呼ばれるテストで測られたものです。2つのアラビア数字の大小をできるだけ早く、正確に捉えるというシンプルなテストなのですが、この数的な大小把握の能力が1~2年後の算数・数学の能力発達に相関することは既に繰り返し報告されています。つまり、「空間思考能力」→「数的把握能力」→「算数・数学力」という順番の発達の連鎖が予想できるということ。

 この結果を見る限り、「空間思考能力」の育成は、就学後のプログラムとしても十分な効果を望めることは明らかだと言えるでしょう。

「空間思考」プログラムの中身は?

 では、実際にプログラム内で行われたアクティヴィティはどんなものだったのでしょうか。32週のプログラムということで取り組みは中々に多様なのですが、独断で幾つかご紹介したいと思います。

(1)ペントミノ
 馴染みのある方もおられるであろう知育パズルの代表格です。
 5つの正方形を辺で繋げた12のピースからなり、様々な形を
 つくることができます。
 *ブロック遊びが就学前の能力育成に有効だったことを思い出すと、就学後にも同じように
  空間的な遊びをすることがよいと言えそうですね!

画像はWikimediaより。P.A.Nonenmacher氏によるもの。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Pentomino_Naming_Conventions.svg

(2)シンメトリー・ゲーム
 2人1組になって、図形を対称形になるように順番に並べ合う
 ゲーム。形状や角度を体感するにはよい刺激になりそうです。

写真は小さいですが、論文本文に掲載されているものです。

(3)バリア・ゲーム
 2人1組になり、互いの手許が見えないようにバリアを置いて
 スタート。1人がブロック等で好きな形状を作り、もう1人に
 自分と同じ形を作れるように「言葉だけ」で指示していくとい
 うもの。形状・角度・前後左右に上下と、空間的概念を意識的
 に操作する恰好のトレーニングだと思います。

こちらも写真は本文から。

 いかがでしょうか。
 一見、数を扱う能力とはあまり関係がなさそうですが平面にせよ立体にせよブロック等を組み上げる経験は量的な合成・分解に直結するものであり、「数える」ことよりも「量る」(=量として捉える)ことが数概念を扱う要点であることを思えば、なるほどと思うプログラムだと感じます。また、コミュニケーションの重要性を踏まえたアクティヴィティも多く、暗記ではなく理解に繋がる内容だと言える素晴らしい取り組みです。

 以前に本コラムでは「プログラミング的思考」の基礎にはプログラミングのイメージを構築する能力がある、と触れていました。この視覚的イメージの構築が、恐らくは数を処理する能力にも関わっている……これ以上はまだまだこれからの課題ですが、いずれご紹介できればと思います。

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