エジソンの泥団子と数概念

「数を量として捉える。」
「数という概念を理解する。」

これは、私ども「創造的教育協会」が幼児教育、特に数論理の分野において最も重要視していることの一つです。その大切さをお伝えするために、一つ、皆さんにエピソードを紹介してみたいと思います。

トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alve Edison 1847-1931)。蓄音機や白熱電球の実用化に関する業績で知られ「発明王」という異名を持つ彼ですが、実は小学校をわずか数ヶ月で中退してしまったという経歴の持ち主でもあります。

中退の理由は、一言にすれば教師との相性が悪かったから。トーマス少年は、どうやら不思議に感じたことは何でも質問せねば気が済まない性格だったようです。これを快く思わない先生がいたであろうことは、想像に難くありません。有名な質問は、「1+1=2なのは何故? 1個の泥団子と1個の泥団子を合わせても、泥団子はやっぱり1個なのに」というもの。
*しかしこのエピソード、日本ではそれなりに有名なのですが、英語で書かれた情報がなかなか見つかりません。エジソンが小学校を中退したことは事実ですが、泥団子のエピソードは日本のどこかで紛れ込んだ創作という可能性もあります。事情をご存じの方がおられましたら是非教えて下さい。

さて、流石、天才は幼少期から発想が違う……そんなことをわざわざ言いたいがために、この逸話を紹介したのではありません。トーマス少年の疑問に、名も知らぬ当時の教員はどう応答するべきだったのか。子どもたちの疑問を言い繕ってごまかしたり、権威でもって抑圧してはならない……真剣にそう思うなら、このことをこそ考えねばならないはずです。

考える糸口は、「そもそも数とは何か?」というこの点にあります。

数というものを覚え始めた子どもたちに、私たちはしばしば「数えてごらん」と促し、子どもたちの理解を後押ししようとします。このような数の使い方を「計数」と言うのですが、しかし、「数」とはそれだけのものでしょうか。

ちょっと考えてみましょう……例えば同じコップ一杯の水でも、コップの大きさが違えば量は違います。そう、この「量」を表すためにも「数」は使われているのです。計数で数えることのできる「個数」は、量とは全く別の概念です。

故にトーマス少年の問いに対しては、例えば次のように応えることができるでしょう。「なるほど、確かに君の言う通り個数は1つのままだ。けれど、大きさは2つ分になっているよね? 個数を足すのか、大きさを足すのか。この区別をすれば、その泥団子だって「2」と言えないだろうか?」
幼き日のエジソンがこれで納得してくれたかは分かりませんが、彼の疑問が決して荒唐無稽でもナンセンスでもない、「数」の本質に関わるものだったことは確かです。そのことが、残念ながら彼の教師には分かっていなかったのでしょう。

学校教育の初歩において、「数」を「計数」の道具として教えようとする傾向。実は、これは現代日本の小学校で見られる実情でもあります。勿論、数を計数に使うこと自体には問題ないのですが、指の本数と対応させて数えることだけを覚えてしまうと、量を捉えることはどうしても難しくなります。「数」と「指折りカウント」を同じものだと教えられてしまうと、「2リットル」などという量的概念はなかなか把握できません。大人はいつのまにか身についている感覚ですが、子どもはそうでないことを忘れないで下さい。「以前に教えられた「数」と全然違うものを、その違いを理解していない大人に同じものとして教わる児童」がいたとしたら、これは端的に悲劇だとしか言いようがありません。

しかもこの「数の量的な把握」は、小学校二年生でかけ算を習得する際に決定的な差をもたらします「2×2=4」を「2」が「2つ」で「4」と理解するためには、量としての「2」が必要不可欠なのです。ここでボタンを掛け違えると、子どもは「覚えなさい」と言われるがままに「ににんがし」と呪文を覚えることになり、その実、かけ算については何も理解できていない、ということすら起こりうるのです。

私たちは、不幸にもこうした事態に陥ってしまう児童を何とか救いたい、一度は陥ってしまったとしても、少しでも早いリカバリーの助けとなりたいと考えています。どんな刺激が子どもたちには必要なのか、そのためにはどんな学具が相応しいのか……私たちが提供させて戴いているプログラムは実践の積み重ねにより磨き上げられた、その最先端のものです。

「数を量として捉える。」
「数という概念を理解する。」

小学校を離れたエジソンは、その後、元教師であった母親ナンシー自らによる個人授業を受けて成長していきました。身近な大人の心がけ次第で、子どもたちの成長は大きく違ったものになることの一例です。私たち創造的教育協会は、その一助となるべく日々研究を続け、実践を重ねております。

最後にもう一つ。
こちらも同様に20世紀を代表する知性の一人、バートランド・アーサー・ウィリアム・ラッセル(Bertrand Arthur William Russell 1872-1970)の言葉をご紹介しましょう。

――〈つがいのキジ〉と〈両日〉がともに〈2〉という数の実例であることに気付くまでには、長い年月が必要だった。
―― It ‘required many ages to discover that a brace of pheasants and a couple of days were both instances of the number 2.

子どもたちが身につけようとしているものが、決してありふれた簡単なものではないということは忘れずにいたいものです。

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