*本コラムはこちらのワーキングぺーパーの内容に基づいています。
さて、空間思考能力が如何に数学を始めとするSTEM教育において重要な位置を占めることは、分かりました。空間思考能力の高さは就学後に児童の算数能力が向上することに貢献しますし、空間思考のトレーニングはエンジニアになる適性を備えた人材の数を2倍にすることも既に分かっているわけです。
では、空間思考能力を高めるために有効な方法とは?
今回は就学前児童に絞って、それを見ていきたいと思います。
キーワードはズバリ、「遊び」と「言葉」です。
効果的に「空間思考能力」を培うには? ①遊び
「遊び」と「言葉」……なんだか、ありきたりなキーワードだと感じませんか? そうかも知れません。しかし大事なのは、その効果がきちんと実証されているのが現代なのだということ。結論から言いましょう。
空間思考能力は空間要素を備えたパズルやブロック遊びを通じて培うことができます。
「ウェクスラー未就学児知能検査(WPPSI)」という世界的に有名な知能検査があります。その検査の結果と、子どもの保護者に取ったアンケートの結果を照らし合わせて分析を行った結果、その他の条件が等しいならば「パズルやブロック遊びを頻繁にしている子どもの方が、その他の子どもに対して有意に空間思考能力が高い」ことがはっきりと分かったのです。
他の能力からの影響を制御して考えた場合、我々は空間的な遊びが空間的な技能に肯定的に結び付いていることを確認した。この関係はかなり特異なものである——他のタイプの遊びや、親子の相互的な活動はブロックデザインのスコアに関係しなかった。
Jamie J. Jirout and Nora S. Newcombe, “Building Blocks for Developing Spatial Skills: Evidence From a Large, Representative U.S. Sample”, Psychological Science, Vol.26(3), 2015, pp.302-310より。強調は藤野による。
一般に、男女間で比較すると男性の方が空間思考能力が高い傾向があるのですが、この研究はこの差を空間的な遊びを経験した量に基づくものとも推測しています。個人差があるという前提は勿論必要ですが、しかし、空間思考能力は空間的な経験を積むことで磨かれる。今やこれは経験則ではなく、事実として受け入れるべきことなのです。
効果的に「空間思考能力」を培うには? ②言葉
もう一方も見ていきましょう。子どもたちの成長には、周囲の言語的環境が深く関わっている……これも、やはり聞き慣れたフレーズだとは感じます。しかしそんな常識も、きっちり確証されなければ迷信と区別がつきません。
ある研究が、子どもたちが生後14ヶ月~46ヶ月までの間に、保護者からかけられる言葉について実際に録音して調査しました(4ヶ月ごとに9回、計13.5時間)。その子どもたちの空間能力に関するテストの結果と照らし合わせると、「空間に関わる言葉を保護者が口にする回数と、子どもたちの空間能力に正の相関がある」ことが確認されたのです。
両親たちや子どもたちの他の言葉の使用例からの影響を制御して考えた場合、保護者の空間的な言葉の使用例は子どもたちの空間変形タスク、空間類比テスト空間的な技能におけるパフォーマンス肯定的に肯定的に関係付けられた。しかし、ブロックデザインについてはそうでなかった。
Shannon M. Pruden, Susan C. Levine and Janellen Huttenlocher, ”Chilrden’s spatial thinking: does talk about the spatial world matter?”, Developmental Science 14:6, 2011, pp.1417-1430より。強調は藤野による。
引用ではブロックデザイン(ちょうど上のWPPSIのものです)については相関が見られなかった、とありますがご安心ください。保護者の語彙は直接に子どもたちの空間思考能力に影響を与えるわけではなく、実際は保護者の語彙が子どもたちの空間的語彙の発達を通じて空間思考能力を向上させるのです。この研究は他の分析を通じてきちんとこの結論を得ています。
効果的に「空間思考能力」を培うには? ③ガイドのある遊び
すると結局、子どもたちの発達は環境に左右されるということか……勿論そうなのですが、一つ付け加えておきましょう。この環境とは、ただ道具が揃っているということではありません。空間的なパズルとブロックと、空間に関わる言葉を繰り返すBGMだけ用意しても駄目だということです。
ある子ども向けの博物館で、次のような実験が行われました。
博物館内にある空間的なパズルに子どもが取り組むにあたって、保護者はどんな風に関わるか……すると「意識的に声をかけた場合の方が、同じパズルをもう一度する時の速度の改善が大きい」ことが分かったというのです。
このことは「ガイドのある遊び “Guided-play”」と呼ばれるものの重要性を示しています。「ガイドのある遊び」とは教授的指導 didactic instruction と自由な遊び free-play の中間にあるとされるものですが、単に教え込むのではなく、また放任でもなく、子どもたちの好奇心を後押しして、自ら発見していくプロセスを手助けする手法を指します。
つまり、私たちが子どもたちのために準備するべき環境とは、道具を揃えることではなく子どもたちが自ら学んでいくための環境なのです。そしてそこには、必ず人と人の関係がある……これは大変興味深いテーマですが、本筋を離れてしまうのでいずれ別立てで扱うことにしましょう。
次回は空間思考能力を養う方法について、就学後のあり方を見ていきたいと思います。