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視空間トレーニングが小学生の算数パフォーマンスを
向上させる

Tom Lowrie, Tracy Logan and Ajay Ramful, “Visuospatial training improves elementary students’ mathematics performance“, in British Journal of Educational Psychology, 2017.

 前回は幼稚園年長~小学校2年生を対象にした空間思考のトレーニングにより、彼ら/彼女らの算数・数学の能力向上が確認されたという実例をご紹介しました。今回はもう少し上の年代、小学校6年生を対象に行われたプログラムを取り上げたいと思います。
 *この論文では”visuospatial”という言葉が用いられており、これは「視覚-空間的」とでも訳すべき語ですが、本コラムではこれを短縮して「視空間(的)」としています。

オーストラリア・キャンベラの事例 ――10週間の視空間トレーニング

 プログラムの対象となったのは、オーストラリアの首都キャンベラに位置する6つの小学校と120人の生徒。また特徴として、本プログラムは小学校の教室で普段から授業を担当している教員により行われた点をあげることができます。勿論、この先生たちは空間思考のトレーニングを実施するにあたり研修(全40時間)を受けておられるのですが、将来的な小学校への実地導入が意識されていることがここからも分かります。

 プログラムは週2回60分、空間思考を養う授業を10週間に渡って実施するというもの。ここで注目すべきは、小学校の授業の代わりに空間思考のプログラムを行ったという点です。つまり、「普段の授業よりも空間思考のトレーニングの方が学習効果が高いのではないか」という観点から行われた実験だったのです。空間思考のプログラムを受講した生徒とその時間にカリキュラム通りの授業を受けた生徒、この2つのグループを作って比較が行われました。なお、比較対象となっている通常カリキュラムの内容は幾何学と測定(Geometry and Mesurement)だったとのこと。

 プログラム進行の概略は、次のような具合です。
  1.空間思考と算数、それぞれのテスト
  2.2週間後、空間思考のプログラム開始(一方のグループはカリキュラム通り授業)
  3.再度、空間思考と算数のテスト
  4.両グループの能力向上を比較

 また、実際に実施された空間思考のトレーニングについてもご紹介しておきましょう。論文のタイトルでは”Visuospatial”という語が用いられていますが、これは視空間的(視覚-空間的)要素を表すもので、論文内で更に3つに分類されています。その3つとは、

  1.Spatial Visualization (空間的視覚化)     ―― 空間的情報の操作
  2.Mental Rotation(メンタル・ローテーション)―― 2次元、3次元対象の軸回転
  3.Spatial Perception(空間知覚)        ―― 他の視点から見た対象のイメージ構成

 これらを総合したものは空間的スキル(Spatial Skill, Spatial Ability)と呼ばれるものと同じとみてまず差し支えなく、また本コラムが「空間思考能力」と呼ぶものとも対応したものです。合わせて、実際にテストで使われた問題を載せておきます。

論文内の図から引用。

 加えて、プログラムの最初と最後に実施されたテストについても一言。このテストはオーストラリアの全国評価プログラム(NAPLAN)を基に作成されており、内容の半分が「数」に関するもの、残りの半分が「幾何学と計量」に関するものだったとのこと。期間中、通常カリキュラムは「幾何学と計量」を扱っていたことを考えれば、空間思考トレーニングの効果を測るにはちょうどよいと言えるでしょう。

視空間トレーニングによる算数能力の向上

結論:「空間思考能力」のプログラムは、通常のカリキュラムよりも高い学習効果
    をもたらした。

 勢い余って結論から書いてしまいましたが、結果として空間思考のプログラムを受講した生徒たちは、小学校の通常カリキュラムを受けた生徒たちと比較してより顕著な成績向上を示しました
 加えて(これは当たり前だと思われるかも知れませんが)、空間思考に関するテストでも同様にプログラム受講者に明らかな向上が見られました。つまり①空間思考能力はトレーニングできる②空間思考能力の向上が算数能力の向上に繋がる、この2つが確認されたということです。そして勿論③空間思考のトレーニングが小学校のカリキュラムよりも高い効果をもたらす場合があることも確認されたのです。
 *ただし、実験ではSpatial Perceptionに関してのみ両群に統計的に有意な差は検出されませんでした(成績の向上については差が生じていますが、統計上意味のある差とは言えないということです)。この点についてはSpatial Perceptionはより年少の時期の発達に影響するのかも知れない、と考察されています。

 勿論、このことが常に当てはまるとは限りません。対象となる生徒が元々備えていた空間思考能力や学力を個別に見るならば、より好ましいアプローチは変わってくる可能性が十分にありますし、空間思考のトレーニングさえ行っていれば算数を別個に学ぶ必要はない、ということもないでしょう。
 しかし、今回のプログラムが実施された対象校を見ると、かなり広い範囲で空間思考トレーニングの効果を期待してもよいのではないかと思われます。というのも、オーストラリアではINCEA(Index of Community Socio-educational Advantage)という数値で各学校の教育環境を評価しているのですが、プログラム対象となった6校は上位25~50%の範囲におおよそ収まっており、従って相応のカリキュラムが実施されていたはずです。それに代わってもなお効果があった点は評価されるべきではないでしょうか。

 「空間思考能力は、様々な能力の基礎を形づくる基底的能力」であると本コラムでは繰り返し述べておりますが、世界各地で同様のアプローチで教育が実践され、結果を示しているということでしょう。引き続きそれらの理論・実践・成果をまとめ、より望ましい学びのあり方を探求していきたいと思います。

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